らん°武.という場で思うこと

らん°武.は、昨年の2月から始まりました。
手探りで走ってきたこの一年、本当にさまざまなことがありました。

正直に言えば、最初から明確な正解があったわけではありません。
どういう人が来てくれるのか、何が伝わるのか、何が残るのか。
試しながら、迷いながら、それでも立ち止まらずに続けてきた一年でした。

そんな中で、今はっきりと言えることがあります。

それは、一番の喜びは「お客様の感動を共有できること」だということです。

感動の瞬間に、そっと立ち会えるということ

らん°武.の場では、ときどき特別な瞬間に出会います。
身体が変わった実感を、ふっと表情で感じる瞬間。
親子で同じ驚きや喜びを共有している空気。

ありがちな言葉かもしれませんが、
これはもう「冥利に尽きる」としか言いようがありません。

私自身も小さな子どもの親です。
子どもの成長がどれほど嬉しいものかは、十分に知っています。

それでも、他人の人生の喜びの一瞬に立ち会い、当事者としてその片隅にいられることは、そう多くあることではないと感じます。
ときには、込み上げてくる感情に、そっと涙をこらえることもあります。

感動の積み重ねが、原動力になる

そうした感動の積み重ねが、間違いなく今の原動力です。
そしてそれこそが、自分の足で立ち、場を開いている意味なのだと思っています。

自分自身の歴史や思想について語ろうと思えば、いくらでも語れます。
武道のこと、身体観のこと、生き方のこと。
でも、それ以上に大切なのは、

「喜びを提供すること」そのものの価値です。

これは、何ものにも代えがたい。

なぜ「自分で場を開く」必要があったのか

正直なところ、私の場合、
それを雇われている立場で十分に実感することはできませんでした。

仕事に対して、たとえ1mmでも「不本意」という気持ちが混ざると、
どうしても純度が下がってしまう。
喜びをまっすぐ差し出すことが、難しくなる。

これは、事業主と雇用されている人間との間にある
一つの溝なのかもしれません。

もちろん、これはあくまで私個人の感覚であって、
世の中すべてがそうだとは思っていません。
雇われる立場でも、素晴らしい仕事をしている人はたくさんいます。

ただ、私にとっては「自分の足で立つ」ことが必要だった
それだけの話です。

これからも、感動のそばにいられる場でありたい

らん°武.は、派手なことをする場所ではありません。
でも、確かに何かが変わる。
静かだけれど、深く届く。

これからも、
誰かの人生の一瞬にそっと寄り添える場でありたい。
その感動を、共に味わえる場でありたい。

そう思いながら、また一歩ずつ積み重ねていきます。