凍った空気のなかで育った僕が、自分を取り戻すまで

1|家庭という沈黙の戦場

僕の幼少期は、静かな地雷原のようだった。
父と母が喧嘩をし、沈黙が家中に染み渡る。
爆発音も暴力もないのに、そこには確かに「恐怖」があった。

父は怒りを言葉にせず、無言のまま空気を凍らせる人だった。
母も沈黙し、子どもだった僕は、ただその場に「居る」ことさえ申し訳ないような気持ちになっていた。
その空気を読んで、呼吸を浅くして、気配を消すようにして生きていた。

その頃の記憶はいまだに胸をざわつかせる。
苦痛の記憶であり、「家」が「安心の場所」ではなかったことの証でもある。


2|空気を読むという呪い

今思えば、僕はこの環境のなかで「空気を読む」ことを無意識のうちに覚えた。
顔色を伺い、地雷を踏まないように生きる術を、サバイバルとして身につけたのだ。

血液型がA型だから、とか、長男だから、とか、
そういったラベルで自分を納得させていたけれど、
本当は、あの空気のなかで身につけた処世術だったのだろう。

他人の気持ちに敏感すぎて、自分の感情は後回し。
怒りも、悲しみも、表に出す前に心のなかで処理してしまう癖がついていた。


3|「これが俺だ」と叫べない

大人になって、自分を表現したいという欲求が強くなった。
言葉でも、身体でも、アートでも──「自分」を世界に放ちたい衝動がある。

けれど、いざ出そうとすると怖くなる。
誰かに非難されるのではないか。
これを出すことで空気がまた凍ってしまうのではないか。
そう思って、また引っ込める。

本当は「これが俺だ!」と叫びたい。
でも、どこかで**“それは暴力だ”**と自分を裁いている。
だから、いつもカッコつけてしまう。
赤裸々になれない。
さらけ出すことが、どうしてもできない。


4|SNSが嫌いな理由

SNSが苦手なのも、この延長線上にあるのだろう。
投稿した瞬間、**「誰がどう思うか」**を過剰に想像してしまう。
悪く思われたらどうしよう。
変に思われないか。
滑稽に映らないか──。

この“見えない視線”は、まさにあの時の父の無言の威圧とよく似ている。
だから僕にとってSNSは、あの凍った空気の再現なのかもしれない。


5|表現は、暴力じゃなく、癒しだ

最近ようやく気づいたことがある。

「表現すること」は、自分を押しつけることでも、世界に暴力をふるうことでもない。
むしろ、自分のなかの緊張を、そっと翻訳して差し出すことなのだ。
これは癒しの行為だ。
そして、過去の呪縛をほぐしていくプロセスでもある。

僕は今、らん°武.という場所で身体を使って表現している。
言葉にならないものを、動きで、空間で、そっと外に出している。
それがどれほど大切な営みか、少しずつわかってきた。


6|過去を「癒す」のではなく、「理解する」

僕はあの家庭の空気によって、今の僕を形づくられた。
それは決して楽な道ではなかったけれど、
空気を読むこと、敏感であること、感受性が高いこと──
そのすべてが、僕という存在を構成している。

だから、過去を否定せずに、その構造を「理解する」。
それが自己解放の第一歩になる。

無理に変わる必要はない。
ただ、少しずつ、凍った空気を溶かすように
自分の感情に耳を傾け、出せる言葉から出していけばいい。


7|自分を取り戻す旅の途中で

このエッセイを書くこと自体が、
僕にとっては「表現」のひとつだったのかもしれない。

不完全でも、未熟でも、怖くても、
こうして何かを言葉にすることで、
少しだけ自分を取り戻せた気がする。

僕は、まだ旅の途中だ。
でも、その旅路に意味があることは、今ならわかる。