頸椎ヘルニアになって気づいたこと──

強さと適応の限界の話
私はかつて、頸椎ヘルニアを経験したことがあります。
原因は特定できませんでした。
けれど、振り返るほどに
「あれと、これと、それが積み重なって当然だ」
と、今なら冷静に理解できるようになりました。
■仕事と育児が重なった時期
私は当時、
遺品整理・特殊清掃という非常に負荷の高い現場仕事をしていました。
- 重いものを運ぶ
- 長時間下を向いて作業
- 不規則で緊張の多い現場
- 腰に常に道具をつける “片側荷重”
- 細かい手作業で肩が固まる
これらはすべて、首と胸椎に負荷が集中します。
さらにそこに、
「子どもを抱っこする」
という生活動作が重なります。
これは整形外科医も指摘する“頸椎症・ヘルニアの主要因”のひとつです。
片腕で支え、身体の前方で重りを抱え続ける姿勢は、
胸椎を固め、肩甲帯を上げ、頸椎を圧縮します。
今思えば、避けようのない環境負荷でした。
■「武心脱力™を怠った」のではない
忙しさで、トレーニング量は最小限になっていたかもしれません。
しかし、誤解してはいけないのは──
ヘルニアは“サボったから起こった”わけではない。
むしろ私は、
コルセットも使わず、
武心脱力™的な身体の使い方で
超高負荷な現場に何年も耐えられていた。
普通ならもっと早く壊れてもおかしくなかった。
そう考えれば、
身体はギリギリまで適応し続けてくれていた
というのが、事実に近い。
■「原因が1つに絞れない」のが、むしろ自然
頸椎ヘルニアは
“慢性的な負荷の蓄積”の臨界点で起こります。
突然壊れたのではなく、
少しずつ限界に近づき、
ある瞬間に“線を越えただけ”。
- 現場作業の片側荷重
- 下向き姿勢の長時間維持
- 抱っこによる肩甲帯の固定
- 忙しさによるケア不足
- 呼吸の浅さ
- 疲労の蓄積
これらが重なり、
頸椎にかかる負荷が限界に到達した。
だから原因は「特定できない」。
たくさんあるから特定できないだけ。
■その後、私はどう復帰したか
答えはシンプルです。
胸椎を再び使い始めた。
仙骨の動きを取り戻した。
股関節で支える癖を戻した。
脱力で安定する構造に帰っていった。
武心脱力™に戻ることで、
首への負荷がみるみる減り、
身体の緊張がほどけ、
再発もなく動けるようになった。
私にとって頸椎ヘルニアは、
「身体の使い方」ではなく
“環境負荷の限界”
に気づかせてくれた出来事でした。
■最後に
ヘルニアは敗北ではない。
痛みは誤作動ではなく、
身体が限界まで頑張ってくれた証拠です。
そして今の私は、
武心脱力™が
“現場職・育児・日常の負荷を生き抜く身体づくり”として
どれだけ価値があるかを、
かつてないほど確信しています。
この経験は、
武心脱力™の中核にさらに深い厚みを加えてくれました。


