美と強さが=となる稀有な存在
2025年9月6日
美しいことと強いことは、誰にでも許されるものではない。強さにだけ偏った人、美しさだけで中身が伴わない人──そのどちらも多く存在する。だが、美と強さが完全に重なり合う瞬間、それは極めて稀で、ほとんど奇跡に近い出来事だ。 そ […]
捨てる武道論(後編)
2025年9月4日
――無意の気配に立ち現れるもの お年寄りがふと背後に立ったとき、驚くほど気づかないことがある。気配を殺そうとしたわけでもなく、技術的に隠れたわけでもない。ただ、そこに「気」がないからだ。無意識の存在は、ときに底知れぬ恐怖 […]
捨てる武道論(前編)
2025年9月2日
――積み上げの果てにあるもの 武道を続けていると、不思議なほど日常の動作までが稽古の延長に思えてくる。立ち上がる、歩く、振り向く──その一つひとつが「型」のように感じられ、呼吸や視線までもが武道的な意味を帯びてしまうのだ […]
「美を買う」という覚悟
2025年8月26日
美について語るとき、必ず金額の話になる。だがそれを忌避しているうちは、美についての対話には立ち会えない。 「自分の手の届く範囲で」などと口にした時点で、美はその土俵から消える。無理をしてでも欲しい。それでも手に入れたい。 […]
美の懐(ふところ)後編
2025年8月23日
結局、美そのものにしか答えはない。それを内包した「モノ」、そしてそれを見抜く「目」。美とは、モノと目の関係性に宿る。 「美の懐」とは、モノの問題ではない。それを見る目がどれだけ養われているかの問題だ。どれだけの時間を美に […]
美の懐(ふところ)前編
2025年8月21日
美の「価格」は、欲する者の数で決まる。希少性、流行、話題性──いずれも美を貨幣価値に変える要素だ。だが、それはあくまで表層の評価でしかない。 本当の美には、その価値を受け入れる「懐(ふところ)」がある。懐が浅ければ、どん […]









