「勝つ」よりも「没頭できる」ことのほうが、ずっと強い

対立という視点で物事を見るとき、
私は「何かに勝とうとする力」よりも、
何かに没頭できる力のほうが、はるかに強いと思っています。
勝つ・負けるという構図に入った瞬間、
視点はどうしても外に向かいます。
他人、評価、比較、優劣。
そこに意識を預け続けることは、長い目で見ると消耗が大きい。
それよりも、自分の内側に自然と引き戻されるような
「没頭できる何か」を持っていること。
それが、結果として一番しぶとく、負けにくい状態をつくると感じています。
個性と孤独は、紙一重にある
特に、私のようにジャンルに強く縛られない考え方をしている場合、
差別化としての個性と、孤独死は紙一重だと感じることがあります。
重要なのは、
個性というものは「自分が名乗るもの」ではないということです。
どれだけ自分が
「これは個性だ」「独自性だ」と叫んでも、
それだけでは、ただの“変な人”で終わる。
個性を個性として受け入れるのは、
常に社会という他者の集合体です。
知られなければ、存在しないのと同じ
極端な例を挙げれば、
断崖絶壁に囲まれた孤島は、
知られる術がなければ「孤島」ですらありません。
そこにどれほど独自の生態系があったとしても、
調査され、記録され、発表されなければ、
衆目に晒されることはなく、
生態系のシステムの中にも組み込まれない。
人間社会も同じです。
私たちは人とのつながりの上で生きていて、
そのネットワークの中でしか、
価値も、意味も、機会も立ち上がらない。
チャンスを作り続けるということ
だからこそ、
チャンスを作り続けるということは、
生き延びて、機会を待つことに他ならないと思っています。
一発逆転は幻想に近い。
現実に起きているのは、
生き延びた人だけが、次の扉を叩けるという事実です。
そして、生き延びるために必要なのは、
瞬間的な爆発力ではなく、継続力。
この継続力の正体は、
「自分に没頭できるかどうか」だと思っています。
勝とうとすることは、不幸を生みやすい
何かと比べて打ち勝とうとする姿勢は、
結果として自分自身の不幸を生みやすい。
なぜなら、
勝ち負けの基準は常に他人が持っているからです。
それよりも大切なのは、
勝つことではなく、負けないこと。
負けない前提で、
少しずつ広げていく。
時には立ち止まり、
時には小さく我慢する。
でも、死ななければチャンスはある。
自然に根付いた価値観から芽吹くもの
自分の中に、
「楽しい」「続けたい」「気づいたらやっている」
そうした感覚として自然に根付いた価値観。
そこから芽吹いたものなら、
大きくしていく道は、必ずあります。
急がなくていい。
目立たなくてもいい。
比較に勝たなくてもいい。
没頭できることを手放さず、
生き延びて、機会を待つ。
それが、
私が考える、対立に飲み込まれない生き方です。


