兄弟子から受け継いだもの──私の系譜について

武道を続けていると、
「先生はどなたですか?」
「どこの一門にいらっしゃるのですか?」
と聞かれることがある。
私の場合、この問いに対する答えは、少し複雑だ。
私にとっての“先生”は、早くに亡くなった兄弟子である
私の身体の基盤をつくってくれたのは、
四段で亡くなった兄弟子の存在だ。
技の形だけではなく、身体の在り方、気配、武道の輪郭そのものを、
私は彼を通して学んだ。
形式上、系譜には一門の先生がいる。
その先生がご存命であることへの礼節から、
私は兄弟子のことを「師」とは呼ばない。
しかし、私の身体に刻まれているものの源流をたどれば、
やはり兄弟子が“先生”だったと言わざるを得ない。
段位も兄弟子と同じところで止めると決めている
兄弟子は四段で亡くなった。
だから私は、自分の段位も四段までと決めている。
超える気はない。
超えたいとも思わない。
ただ、そこから先は兄弟子の世界ではない。
私の中では、系譜の線はそこで止まっている。
これは義務ではなく、私なりの“筋”であり、けじめである。
一門と私は、同じ場所にいても違う流れにいる
一門には、一門の先生を慕って集まってきた門下がいる。
しかし私は、そこに属している感覚はない。
私が求めてきたものは、兄弟子が残した身体感覚、
技の底に流れる静かな気配、
そして言葉にしづらい「在り方」だ。
一門の方向性には、私が共感しない部分も多く、
違う価値観で稽古を重ねてきた。
だから、誰かが軽い調子で私を「兄弟弟子」と紹介したとき、
胸の奥から怒りが湧いた。
その人たちが悪いわけではない。
ただ、私にとって“兄弟弟子”という言葉は、
家族に近い重さを持つからだ。
私の系譜は、一本の細い縦線のようなものだ
- 兄弟子
- 兄弟子の一番弟子
- そして私
この三者をつなぐ線だけが、私にとっての系譜である。
広い一門の中に自分が溶けているのではなく、
むしろ、
兄弟子という一本の線が、私の武道の根幹を支えている
と言った方が正しい。
言葉遣いひとつに慎重になるのは、
その線の中に、痛みも尊敬も責任も、静かに積み重なっているからだ。
今の私は、その“細い線”のまま、自分の道を歩いている
一門全体を否定するつもりはない。
それぞれの道があり、それぞれの技がある。
ただ私は、兄弟子の流れを軸に、
自分の身体と向き合い続けている。
それが私にとって自然であり、正しいのだ。
系譜は血縁ではない。
だが確かに、“血のように流れ込んでくるもの”がある。
私の武道は、その流れに静かに寄り添いながら続いている。


