捨て身から護る覚悟へ

かつて私は、肉体を、命を捨てることで恐怖を越えようとしていた。
「どうなっても構わない」という捨て身の覚悟が、自由に動ける唯一の鍵だった。
命を放り出すことで恐怖は弱まり、居着きは消えていった。
だが家族を持ってから、全てが変わった。
命を惜しく思うようになったのだ。
それは弱さではない。命が家族を支える土台になり、自分の存在がすでに自分ひとりのものではなくなったからだ。
その分、恐怖はむしろ増した。
けれど、家族に危害が及ぶなら迷わず動ける。
怒りが原動力となることもあるが、それを超えて「身体が勝手に動いている」瞬間がある。
命を捨てる覚悟から、命を守り抜く覚悟へ。
方向は変わったが、その本質は変わらない。
これは新しい「捨て身」の形であり、護身の真実そのものかもしれない。
命を背負うことが、命を超えることへとつながるのだ。


