外膝行 ――地に還る、ということ

朝の冷たい光の中、
草の露で濡れた地面に膝をついた。
空気は薄く、吐く息が白い。
手のひらを草に触れると、
指の間から冷たさが心臓へと伝わってくる。
それでも、不思議と気持ちがいい。
痛みでも苦しみでもなく、
「生きている」という確かさだけが、
静かに身体の中を満たしていく。
地球に触れるということ
外膝行をしていると、
足でもなく、腕でもなく、
全身で地球に触れているという感覚になる。
その瞬間、自分という存在の輪郭があいまいになっていく。
地面と身体が、同じ呼吸をしている。
転がって、滑って、冷たい土に背中を預ける。
冬の匂いがする。
草の下の黒い土が、ゆっくりと体温を奪っていく。
それが、なぜか心地いい。
飛び受け身 ――自然に還る儀式
飛び受け身という行為は、
自分の身体を信じることだと思う。
落ちていくことを恐れず、
地球に身を委ねる。
地面は拒まない。
ただ、受け入れる。
その優しさに包まれながら、
人は一瞬、自然と同化する。
足で着地するバク宙とはまったく違う。
飛び受け身は、
「還る」という動詞の中にある美学だ。
人間が重力を使って、
もう一度、大地と会話する行為。
数字のためじゃない、呼吸のために
SNSの反応が鈍い日もある。
誰にも見られない投稿が続くこともある。
けれど、今朝のように身体が喜ぶ瞬間に出会うと、
そんなことはどうでもよくなる。
数字や評価のために動いていた身体が、
ただ“感じるため”に動き始める。
そのとき、
「伝える」ことと「生きる」ことが、
同じ場所に重なる。
一人で大地と語る時間
外膝行は、誰かと競う稽古じゃない。
芝生でやる集団稽古のような華やかさもいらない。
冷たい地面に一人で膝をついて、
世界と呼吸を合わせる。
それだけで充分だ。
その一瞬の美しさは、私だけのもの。
誰かに見せるためでもなく、
褒められるためでもない。
ただ、地球という深い懐に飛び込んで、
また静かに戻ってくる。
それが、私にとっての「外膝行」。
それが、冬の「武心脱力™」。
余韻としての一言
寒さが身に染み始めるこの季節。
自然を感じ、自然に返る。
それは、
現代人が忘れてしまった「原初の身体」との再会だ。


