欲と酒と風邪薬

1. 身体の変化
最近、息子が外から風邪を持ち帰ることが増えた。私もそれをもらいやすくなり、しかも治りが遅い。いつからだろう。コロナのワクチンを打ってからか、あるいは感染してからか。年齢のせいだと言われればそれまでだが、どうにも「身体を根底から改造されたような感覚」がある。基本的には健康の範疇にあるのに、以前よりも体調が崩れやすい気がしてならない。
2. 薬と酒
ただ、私が風邪をひいても薬を飲まないのには理由がある。「薬に頼らず強くなりたい」などという立派なものではない。晩酌ができなくなるからだ。体調が悪いと自然と酒は進まない。それでも「薬を飲んだから飲めない」という制約が生まれるのは嫌いだ。
酒は気まぐれで、飲めるかもしれないという一縷の可能性がある。そのチャンスを最初から潰してしまうのは惜しい。だから私は薬を避ける。
3. 日本酒は一期一会
日本酒は、私にとってただのアルコールではない。開栓した瞬間から日々変化し、タンクごと、仕込みの年ごとにまったく違う顔を見せる。毎晩が一期一会だ。その一挙手一投足を敬意をもって受け止めたい。
もし薬の影響で味覚が鈍れば、その日の酒を正しく迎えられない。私は日本酒に敬意を持って接している。だからこそ、美味しく飲めない状態で口にすることは、酒に対する無礼だとさえ思う。
4. 欲の厄介さ
とはいえ矛盾している。風邪を早く治すために薬を飲めばいい。そうすればまた酒を美味しく楽しめるだろう。しかし、それでも「もしかしたら今日飲めるかもしれない」という欲を捨てきれない。人間とはそういうものだ。
美術に心を奪われるのも、酒に舌を奪われるのも、結局は同じ構造に思える。美術は目と脳、酒は舌と脳を介して欲望を呼び覚ます。どんなに美しい言葉で飾っても、根底には「欲」というどうしようもない虚無がある。
5. 終わりに
それでも、私は酒を前にして欲に溺れる。美に溺れる。虚無に溺れる。矛盾に身をゆだねる。
そして思う。「溺れるのもまた良し」と。


